あ、そうですか

あ、そうですか。みたいな内容。20代国試浪人女がつらつら

恋愛について思うこと

メディアでタレントや女優が語る恋愛論ほど当てになるものがないと思ってる。というのも土俵が違いすぎる。

あ、それはある程度モテてきたし選べる立場からそういうこと言えるんですよね?と思ってしまう。

 

若いから選び放題だね、と言われる。

全くそんなことはない。誰でもいいわけがないし、こっちだって少しは選びたい。自分のなかでつくった最低限の選考条件に絞るとその中で付き合えそうな男は限られる。

 

美人で勉強もスポーツもなんでもできる子が昔から羨ましくて嫉妬していた。この先の人生もさぞ楽しそうでいいですねぇと僻んでいた。

生まれ変わったら、石原さとみクラスの美人になって、女どもを見下したいとか思って妄想してた。

とか思ってたら、みんな、わたしのことを下にみてんだろ、とか思ってたのでプライドだけ高い女となってしまった。

 

劣等感やプライドから解放されるし、人生豊かになると期待を抱いて勉強している。

じゃないと勉強も続かないからだ。

でも、頭では分かってる。たぶんその劣等感とプライドから解放されない。

 

思えば、なんでこんな人間に、こんなことになったのか考えてみる。

まず、わたしは人より出来るようになるのが遅い子供だった。靴ひもを自分で結べるようになるのも、自転車に乗れるようになるのも遅い子供だった。

子供はそういうの繊細だから、○○ちゃんは出来ているのになんで自分は出来ないんだろう。

ここで劣等感を感じた。もうここから劣等感人生のピストルは鳴ってたのかなと。

 

小学生の時に塾に通ってみたいと言った。

全く成績は延びず、中学卒業まで通って親に無駄金払わせた。やめたい、と言ったが聞き入れてくれなかった。自分がはじめたいと言ったことだからと言われた。

自分に合ってないレベルの塾だったから、すぐさま変えるべきだった。ここが向いてなくて、ここがしんどくて具体的に言えればよかったが、それを劣等感が強い小学生のわたしが親に言うのは難しかった。

もう、なにをやってもわたしはダメだという意識が強過ぎたからだと思う。結局、中途半端で金だけかけた子供になった。

 

そんな親の金食い虫のわたしだが、ただ、過去のことをうだうだ言っても仕方ない。

回り道しすぎだし、とってもお金がかかってるし、めちゃめちゃ進みも遅い。遅すぎる。

ただ、わたしは確実に前進はしてると思ってる。

諦めないで進もうと思う。

 

当時はなんで親がこんな自分に投資してくれるのか意味がわからなかった。

続けることも大切だが、親には撤退する勇気も教えてほしかったとか贅沢なことを思っている。

特に、父親は努力が出来る人だ。ただ、父親は少し異常な努力家だ。だから出来ない人の気持ちが理解できないんだと思う。わたしは子供ながらにそれが苦しかった。期待して投資してくれることも苦しかった。

 

ただ今ならわかる気がする。

自分が親である程度稼いでるのなら、自分に使う金は削るし、子供にどうぞ金食い虫になってくれと思うし子供のためだったらなんでもできると思う。

 

もし自分に子供が出来たら、わたしみたいな人間になってほしくない。

きっと、わたしの子供は周りより出来るようになるのが遅いかもしれない。

わたしはそのとき寄り添える親でいたいけど、子育てはとんでもない労力とストレスがある。

そんなとき、ちゃんと寄り添えるかはわからないけど、絶対に寄り添いたい。